|
峰さん、1994年以来18年ぶりの来演で最新アルバム「With your souru」の発売記念ライブです。
![]() ![]() profile 峰 厚介 (Ts) 1944年2月6日、東京生まれ。 中学時代ブラスバンド部に入りクラリネットを吹き始める。17頃よりアルトサックスも吹き始める。 高校2年の頃、ジャズ喫茶でレコードを聴いてジャズとの出会い、1963年にジャズバンドに入りジャズクラブで演奏を始め、1969年にピアニスト菊地雅章に見出され彼のバンドに入団、解散する1973年まで在籍する。 1970年には初のリーダーアルバム「MINE」を発表する。 この年SJ誌の読者人気投票アルトサックス部門で渡辺貞夫に次ぐ第2位となり新人アルトプレイヤーとして注目を集める。 1971年にはピアノの MalWaldronの日本公演及びライブレコーディングに参加、また菊地雅章とJoe Hendersonのコンサートにも参加する。 この年よりテナーサックスも吹き始める。 1973年菊地雅章バンド解散後、ニューヨークに渡り2年間滞在する。 1975年帰国後すぐに自己のグループを結成して演奏活動を開始、1976年にはGil Evansオーケストラの日本公演にアルトプレイヤーとして参加する。 1978年には本田竹広らとネイティブ・サンを結成しコンサート、アルバム制作(計8枚)など精力的な活動でジャズ・フュージョングループとして人気を博す。1983年同グループでサンパウロ(ブラジル),モントルゥー(スイス)のジャズフェスティバルに出演、ニューヨークのクラブでもライブを行う。 その後、板橋文夫、井野信義、村上寛の3人と結成したFour Soundや富樫雅彦のJ.J Spiritsなどを経て1992年自己のリーダーグループ峰クィンテットを結成、1993年にはこのグループによる久々のリーダーアルバム「Major to Minor」を出しこの年のSJ誌ジャズディスク大賞の日本ジャズ賞を受賞する。1996年には同グループでニューヨークのクラブ「バードランド」に出演、1997年には同グループ3枚目のアルバム「Balancez」を出す。 クィンテットを解散後、2009年に清水絵理子(P)、是安則克(B)、村上寛(Ds)を迎え新グループ峰カルテットを結成。現在、自己のグループ以外にも渋谷毅オーケストラをはじめ数多くのセッションに参加している。 2004年には渋谷 毅、林 栄一を迎えリーダー作「Rendezvous」を発表する。 リーダーアルバム以外のレコーディングでは菊地雅章、Mal Waldron、渡辺貞夫、日野皓正、富樫雅彦、渋谷毅オーケストラやNative Son, Four Sounds などを含め40枚以上のセッションに参加している。 今回ツアーメンバーによるオリジナル・レコーディング作品『With your soul』をリリース(2011年)! その発表を記念した九州ツアーライブです。 清水絵理子(Pf) 1973年6月、東京品川で生まれる。 5歳よりピアノ、エレクトーンを始める。6歳からヤマハジュニア科専門コース、及びマスタークラスにて 演奏、作曲、編曲,和声、指揮法 その他音楽全般を学び16歳まで作曲を主に、国内外での演奏活動を行う。 マキシム・ショスタコーヴィッチ指揮、新日本フィルハーモニー交響楽団、札幌交響楽団等と、またコンラート・ ライナー指揮、ウィーン国立放送管弦楽団等との 共演、演奏経験を積む。 19歳の時にジャズに出会い、それまでとは全く違う音楽感に強い衝撃を受け、独学と実践でジャズの勉強を始め 多くの実力派との様々なセッションを重ねる。 現在、竹内直(Ts)カルテット、山口真文(Ts)、井上淑彦(Ts)、峰厚介(Ts)、中西俊博(Vib)ユニットそして自己のトリオで都内及び近郊のライブハウスで活動。 杉本智和(Bs) 1968年11月6日 、千葉県船橋市生まれ。 高校時代よりエレキベースをはじめる。が・・・叔父の影響で ジャズに興味を抱き、 ウッドベースをはじめる。 1988年高校卒業後、アメリカのBerklee College of Musicに留学。1993年卒業後、ニューヨークに渡り 様々なセッションを重ねる。1995年に帰国。 帰国後は諸先輩方にめぐまれ、後のKAIMAの母体となる 岡ばんど に参加。 そして、大坂昌彦、大西順子、秋山一将、東原力哉、原 朋直 、山田 譲、綾戸智絵等と共演。傍ら、Monday満ちる、Calm、Kyoto Jazz Massive等とのライブまたはレコーディングに参加する一方、KAIMA、菊池雅章、ケイ赤城などのライブ、レコーディングに参加し、精力的に活動している。 村上 寛(Ds) 1948年3月14日 東京生まれ。 1967年 本田竹広(p)トリオで活動を始める。 1970年 菊地雅章セクステットに参加。 1971年 菊地、ゲィリー・ピーコックとのトリオで演奏。 1972年 渡辺貞夫カルテットに参加。1973年 菊地雅章クィンテットに参加。 その間、マル・ウォルドロン、ジョー・ヘンダーソン、山本邦山など内外のミュージシャンとアルバムを発表。 1973~1975年 渡米。ニューヨークで過ごす。1975年 渡辺貞夫の全国ツァーに参加。 1978~1981年 ネイティブ・サンで活動。「ネイティブ・サン」、「サバンナ・ホットライン」など5枚のアルバムをリリース。1984年 ザ・カルテットで活動、アルバムも発表。 1989年 フォー・サウンズを結成。 このグループのCD制作プロデューサーも兼ね2枚のCDを作る。1994年 インドのジャズフェスティバル、JAZZ YATORAに自己のグループで出演。 1997年 NHK-BSジャズ喫茶のレギュラー・ドラマーとして2年間出演。 1997~2001年 ケイ赤城トリオで活動。 現在は新たに自己のグループを結成。その他、佐藤允彦、峰 厚介、穐吉敏子、増尾好秋など数多くのセッションで活動している。
永らく更新もしないうちに気がつけば彼岸花が咲き始めて・・・
昨日で「かき氷」も終了、パラゴンの夏もようやく終わりました。 といっても秋のライブまで後一週間! ![]() 青木弘武(Pf) 1953年滋賀県大津市生まれ。 1978年大阪音楽大学卒業後、関西でプロデビュー。 1980年上京、岡田愛詩Gに参加。1981年大隅寿男トリオに参加。1990年独立し都内ライブハウスを中心に活動、その歌心溢れるプレイとドライブ感は定評がある。また、ロン・カーター(Bs)、ジミー・スミス(Org)と共演し好評を得る。1997~2006年ニューヨーク公演。客船「飛鳥」にてカリブ海クルーズ演奏、メキシコ公演を行う。1998年9月初のリーダーアルバム『ウェディング』をリリース日本ジャズ賞にノミネート。2000~2002年 民音主宰のコンサート開始、中国の竹笛奏者、張雷(チャン・ライ)氏と共演。全国ツアーを行う。2003年より中国の男性歌手、李広宏(リー・コウコウ)と共演。現在、都内ライブハウスを中心に活動し、全国に根強いファンを持ちコンサート及びライブ活動を行っている。アレンジャーとしても評価が高い。 井島正雄(Bs) 1949年北九州市小倉生まれ。10代後半から20代前半までソウルバンドで活躍。その後ウッドベースの音に魅せられジャズベーシストとして本格的に取組む。金子晴美、中村誠一、青木弘武、YAS岡山、BE-FOURと共演。 2002年リチャード・ワイアンズ(p)、グラディ・テイト(ds)とのトリオで初の海外レコーディング・リーダーアルバム『An Eternity』を、2007年にはヒューストン・パーソンズ(ts)青木弘武(p)グラディ・テイト(ds)と2枚目の海外録音リーダーアルバム「Gentle Soul」をリリース。 YAS岡山(Ds) 1938年横浜市出身。1969年日本代表としてヨーロッパジャズフェスティバルに出演。その後、パリにてフィリー・ジョー・ジョーンズに師事。帰国後、世良譲、大野雄二、杉本喜代志、雪村いずみ等々、国内外を問わず数えきれない程のミュージシャン・アーティストと共演。1987年バークリー音楽院入学、1990年バークリー音楽院ベストプレーヤー賞を受賞、1991年帰国、以来数多くの来日アーチストと共演。現在北九州に居を構えベースの井島正雄と共に強力なリズム隊を結成「ブルーノートフクオカ」等に出演、多忙な活動を続けている。 この三人は20年近くの共演歴があり、パラゴンライブには2006年の金子晴美(Vo)ライブ以来5年ぶりの来演、スインギーでソールフル、強力無比、楽しさ溢れるピアノ・トリオです。 今年6月このトリオで 「THE THREE」 と銘打った高音質CD(Blu-specCD)をリリース、このCD発売記念のツアー・ライブです。 ![]() 足利の珈琲屋、古川さんからの今年の年賀状は 「祈念新年」と「こうゆうくらしができたなら」という八木重吉の詩であった。 こうゆうくらしができたなら 平凡のようで平凡でない よるは うつくしいゆめばかりみて なんのおもいもなく ただありがたさにみちてあさをむかえる すべて きょうのひとひは 秋のひに けやきがすくすくと野にたつように ひとすじに まじりけなく じぶんのこころと身をひとつに統(す)べて できるかぎりのことをけんめいにしたい ありがたさのおもいのかげに すべてをひとつにささぐるねがいをかきいだきて きょうのひと日をあゆんでゆき ゆうがたをむかえたらば きょうすごしたるを 手をあわせて おれいを もうしたい 永遠の詩08 小学館刊より 今年になってからの日本、きしくもこの祈りの詩と逆行するようなできごとばかり、 でもでも私にできることは、この詩の祈りのように一日一日けんめいに生きるだけ!!
ながらく永らくご無沙汰致しておりました。
年明けてからの数度の雪と寒さの為か、珈琲が珈琲にならず2月末まで右往左往 「今まで何をしてきたのだろう!」と自己嫌悪の日々・・ 少し春めいた頃のあの大震災。 それと5年前Uターンして農業を始めていた友人の突然の事故(まだ眠り続けている) ・・・ 最近ゴスペルシンガー「マヘリア・ジャクソン」がターンテーブルにのる回数が多くなった。 仕事を終えてから独りマヘリアの歌を聴いていると人間一人一人の悲喜を越えて訴えかけてくる魂への励ましを感じる。 マヘリアは語ったという「ブルースは失意、失望を歌った歌であり、ゴスペル・ソングは希望の歌です。人はゴスペルを歌うことによって哀しみや苦しみを癒すことができます・・・」と。 また「生涯ブルースは歌ったことがない」と言ったそうだが、私には黒人霊歌、スピリチアル、フォーク、ブルースなど全てひっくるめて魂に捧げる祈りの歌に聞こえる。 初めてマヘリアを見た(聴いた)のは1985年のニューポート・ジャズ・フェスティヴァルのドキュメンタリー映画「真夏の夜のジャズ」である。 それからLP5枚、Boxもの1冊、CD5枚と・・ ![]() ![]() 4月のパラゴンLive「竹内直クァルテット」のポスターが出来ました! といっても前回のポスターの開催日を変え、メンバーの写真と名前を変えただけですが・・ (いつも迫らないと動かないと言われるので) 本当にパソコンの恩恵です。 以前、印刷屋に依頼する頃は構図と写真を提出しゲラを作ってもらい色とかフォント、配置の具合を何回もやりとりしながら作っても、なかなか気に入ったものが出来ず苦労したものですが、今机の前で自分の気に入ったように作れます。 (毎回似たようなもので苦労をしています、センスの問題か?) もっと「Illustrator」を使いこなせる様になり、訴えるポスターを作りたい! あぁ!今年もやることいっぱいあるなぁ・・ 私にとってポスターを作る時点から「パラゴンLive」は始まっています。
あけましておめでとうございます!
今年の年賀状、「初雪のパラゴン」を使ったら大晦日から突然の大雪(南国鹿児島にしたら)!! 真っ白な中で新年を迎えました。 2011年、こんな気持ちでもスタートし平穏無事な年末を迎えられる事をただただ祈りながらの元旦です。 今年一年皆様の安寧を心よりお祈りいたします。 ![]() ![]() ![]() ![]() テナーサックス、フルート、バスクラリネットを奏す我が国数少ないマルチ・リード・プレイヤーでそのエモーショナルで表情豊かな音色はワン・アンド・オンリー、その実直な人間性(ジャズ界のトラさんと呼ばれている)と相まって接する者を魅するジャズマンである。 その竹内直が9月全編バス・クラリネットを吹いたアルバム「Obsidian」を出した。しかもバックに山下洋輔(Pf)と中牟礼貞則(G)が参加している。最初直さんのバスクラリネットを聴いたのはソロ・ライブの時で至近距離での最初一音は今でも耳に、いや躯の奥に残っている。 あれから7年その音色にドルフィーのバスクラみたいな激情的イナナキじゃなくエモーショナルではあるが無駄な音をはぶいた円熟のリリシズムを感じた。 このアルバムでピアソラの「オブリビオン」や、油井正一のジャズ番組”アスペクト・イン・ジャズ”のテーマソングに使われて有名なショパンの「プレリュード」、山下洋輔の代表的ヒット曲「クルディッシュ・ダンス」もやっている。 ![]() 来年4月竹内直クァルテットのパラゴン・ライブが決まりました!! ピアノは昨年デビュー作「インスピレーション」で話題になり、この9月2枚目のアルバム「フェイス」を出して注目の片倉真由子の予定です。
串木野漁港、私の小学生の頃は築港と言っていて港内の片隅に砂浜がまだ残っていた。そのころ近所の中学のお兄ちゃんなんかは向こうの対岸の防波堤まで泳いでいた(今だったらとんでもない事だが)、夏は花火大会があり、「あっじゃこ」(小アジ)が嫌というほど釣れた。
年に一回串木野の遠洋まぐろ船が大漁旗を掲げ一斉に帰って来て「漁願相撲」も行われ、周囲には揚場(魚のせり市場)、製氷工場、造船所、甑島航路の発着所もあり、たいへん活気があった。 新港、外港ができた今、一本釣り漁船と海上保安部(第十管区)の巡視船の停泊地になってしまった串木野漁港。 その活気のあったころの様子を刻み込んで今も立っている製氷工場の砕氷塔(だいぶサビたり痛んだりしているがまだ現役)先日の落陽撮影の帰り道、夕暮れ時の一枚。 ![]()
|
以前の記事
お気に入りブログ
Link
最新のコメント
検索
ファン
|